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嘘のまこと

真似事の話を続ける。

父が他界した日の数日前、記者は山形の或る村にいた。その土地に行った事情はまたひとつの物語になるのでここではふれない。いまわしい出来事があったとだけ記しておこう。

その山間の集落は世帯数20戸に満たない小さなものだが、それでも木造のりっぱな小学校の校舎があった。その周辺のどれだけの集落から子供が通ったのであろう。記者が訪れたときには既に廃校になり、取り壊すのも費用がかかり、そのままにしておくのも惜しいので、羽越本線沿線の或る温泉地から2キロほど山奥へ入ったところにあるその地の利を活かして、村が林間学校・団体研修向けに宿泊施設として運営していた。
羽越本線駅前から鶴岡に向かって国道をゆくと、山と農地ばかりの景色から右手に突然集落が現れる。
集落に入るべく右折する角右手に簡易郵便局、左手に集落一番の屋敷が記者を出迎えた。このふたつの建屋に挟まれた道を100メートルばかりゆく両脇に建つ家々がこの集落のすべてだ。一番奥に小学校があり、さらに先の裏手に祠がある。記者はその祠を拝もうとして叶わなかった。樹齢数百年とみられる杉の木立に陽光が遮られ、目の前の蜘蛛の巣と足もとの夥しい虫の死骸に意気が挫けたのだ。
さて、集落には農協の取次所と美容室、酒を含む飲料と菓子・乾物を扱う売店、それにカウンター席だけのスナックがある。夜、そのスナックの前を通ったらちょっと前に流行ったポップス演歌を歌う中年男性の歌声が聞こえた。
翌朝はかなり冷え込んだ。
晩秋の山形の冷え込みを軽くみていた。どうやらのど風邪をひいたらしい。のど飴を買うべく売店に入った。店の品揃えはおそろしく貧弱なもので一目で求めている物がないと悟られた。奥から店の者が出てきた。四十歳前後の男だ。
のど飴がないのは判っている。他に気の利いたものもない。だが記者は一応尋ねてみた。すると、
彼は陳列台の上の品物をあっちにやったりこっちにやったりしてのど飴を探すのだ。
品物を退かす必要はないくらい一目瞭然なのだが、のど飴を置いていないのを承知で探している。店屋としての体裁か、あるいはお客に対する礼儀だろうか。彼も記者がのど飴がないのを承知で尋ねてきたのを承知しているようにも思われる・・・
探すふりなんかして・・・
真面目だけが取柄の男・・・
母親と二人暮しで、農作業とかけもちで商売していて、縁遠く、独り身のようだ・・・
昨夜の歌声は彼のものかしら・・・
この先も変わらず、このまま年を重ねてゆくのだろう・・・
冴えないな・・・

真似事なのだ。
記者の行為も、彼の行為も。
前日に受けた知人の許しがたい行為と見せかけの謝罪に、記者の気持ちは冷え切っていた。「冴えない」という思いはむしろ記者に向けられていた。
真似事なのだ、なにもかも。世のなかは欺瞞に満ちている。
だが。
記者は体裁をつくろって黒飴を買って店を出た。どうせこれから駅へ向かうのだ。駅前の店なら確実に買える。買わなくてもいいものを買うことはないのに・・・
駅前の店には確かにのど飴が置いてあり、記者は土地の名産品とともに迷わず買った。だが、なぜだろう?記者はのど飴を口に入れる気がせず、プラットホームで列車を待つあいだ、専ら黒飴をなめていた。
列車到着まであと少し・・・
のど飴を探して記者に向けた彼の丸みを帯びた背中を思い浮かべていたら、熱いものがこみ上げてきた。
心が解きほぐされてゆく感覚を味わっていた。

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