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飢餓地獄

鳥取城の飢え殺しのことは、NHK大河ドラマ『黄金の日々』で初めて知った。
記者にとって大河ドラマとは『黄金の日々』につきるのだが、あれからもう37年になるのだ。毎週欠かさずリアルタイムで観ていた。年の暮れには総集編が3回だか4回だかに分けて放映された。つまり見所が多いのだ。現在全話DVD化されているが、記者は37年このかた記憶の反芻で愉しんでいる。思い出を壊したくないのだ。記憶のあやふやなところは創作で補うのが記者の常套だ。それで『黄金の日々』の飢え殺しの話をする。
『飢餓地獄』というタイトルがその回にはつけられていた。
長浜城主となった羽柴秀吉に付随い物産問屋を開いた助左(後の呂宋助左衛門)は、秀吉から鳥取に流れる米の買占めを任される。若狭の米問屋を装って鳥取城に納める米を制限すべく城内へ入ったところで秀吉が兵糧攻めを決行し、助左は城内に取り残されてしまう。ここからの飢餓地獄の描写が凄まじかった。城内には武士だけではなく、賄いや雑務に従事する民がいる。時代劇でも現代劇でもあまり触れないが、塵芥や屎尿の処理に従事する人も当然いるのだ。彼らは城内(基地内)で働く軍属だ。兵士も軍属も飢えの前になすすべなく、いや、味方同士食料を求めて争う。浜畑賢吉演じる城主・吉川経家は雪が降るまで持ちこたえれば秀吉軍は撤退するとみるが、城内の惨状を見るに忍びず降伏する。決意させたのは助左が自分の素性を明かし、秀吉の軍略を経家に告げたことによる。「なんと。米の買い付けから戦を始めるとは・・・」経家は絶句する。中世から近世へ、戦の勝敗は武力から経済に代わろうとしていたのだ。自刃するため寺の石段を登ってゆく経家の肩に一片の雪が舞い降りる・・・(記者はこの場面で泣いた!)。
助左は秀吉から今回の功績と辛い体験をさせた詫びに船を賜り、小西行長の計らいで納屋助左衛門として堺の会合衆の末席に名を連ねるようになる。
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