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オリンピック選手はエキストラ?

平昌オリンピックなのだが。
オリンピック嫌いで、しかもテレビのない生活をしている記者には「やっと終わったか」という思いが強い。
さりとて、出場した選手たちの健闘には拍手を惜しまない。
憂うべきは、新聞やラジオでオリンピックの話題に触れるとき、いつでも最初に流す情報が”日本、メダル〇個”というやつだ。
どの試合で誰がどの様に競技をしたかが問われるべき全てであって、”日本、メダル〇個”で総括するところに選手個人への称賛はない。
どこか大きな機関がマスコミに、まず”日本、メダル〇個”を声高に唱えるよう働きかけているのではあるまいか。
連日ラジオから流れる数字で報告される戦果をなんともやりきれない思いで聞いていた。

戦果の数ということで、ふと気付いたのだが、死んだ人の数というのは生きていた人の数とイクォールなのだ。
生まれてきた命の数だけ死の数はある。生と死は帳尻が合うのだ。
しかし。
いや、「それだからこそ」と言うべきか。
死んだ人の数が多いか少ないかで悲しみの深さが測れるわけではない。
一つの死よりも、その死の受け止め方は千差万別であって、それ故、どのような死に方だったかが問われるべき全てであろう。
”頑張れニッポン!”
”ニッポン万歳!”
”本日、我が日本は〇〇に勝利せり。なおこの試合に於いての〇〇者は〇〇名に上り・・・・・”
連日ラジオから数字で報告される戦果・・・・・

数字で一喜一憂するのではなく、なにがなされたのかが問われるべき全てだ。

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