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○○詐欺に御用心!

参議院戦が始まった。
正に「選」ではなく「戦」なのだ。そこで思い出したのが“おしらさま”の由来だ。
話はこうだ。

むかし昔の東北のある百姓家の娘の話。
娘は飼っている馬をことのほか可愛がっていた。あるとき父親が出て行ったきり帰ってこない。心配のあまり娘は「お前がお父うを連れて帰ったなら、おら、お前の嫁こになる」と馬にこぼしてしまう。はたして馬が父親を見つけて連れてきてしまい、娘は「約束だから」と馬の女房になるという。親父は「畜生相手に義理立てする馬鹿があるか。馬にお前の言うことが判るわけがない。たまたま道に迷っているところを馬が見つけてくれただけだ。こんな縁起でもない馬は殺してくれる」と馬を殺してしまう。娘が悲しんでいると剥された馬の皮が風に舞い、娘を包むと、娘と共に風に吹かれて何処ともなく消え去ったという。

このような馬娘婚姻譚の類のはなしは他にもいろいろある。
文学作品では曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』の伏姫と八房のエピソードがそれで、この場合、敗戦色の濃くなった里見の殿様が「敵の大将の首を取ってきたなら姫を嫁にくれてやる」と愛犬の八房に冗談まじりに愚痴をこぼすと、はたして八房が敵の首を食いちぎってきてしまい、「人間が畜生ごときに約束をはたすいわれはない」と八房を殺してしまうのだ。
映画『男はつらいよ』の寅さんにも似たエピソードがありそうだ。どの作品のどんな場面かは忘れたが、取るに足らない冗談交じりの願い事を真に受けてその気になった寅さんが馬鹿だったというのが大体のパターンだ。周りはみんな寅さんを笑い(妹さくらは例外)、もちろん映画を観ている我々もそうだが、たぶん山田洋次監督の狙いはそうではなく、哂われるべきは寅さんではなく、寅さんを哂うわれらにあると言いたいのだ。
格下の相手なら、あるいは蔑むべき相手なら約束は反古にしてもいいという考え方をこそ哂うべきであろう。

こうした話を聞くにつけ、日本人の契約に対するいい加減さを記者は思わずにはいられない。
約束を軽んじる者に悪魔が忍び寄るのだ。
たとえば、腹を減らした若者にヤクザの親分が飯を食わせてやる代わりに「お前の命は預かった」という話はよくきくことだ。
べつに夏だから怪談を聞かせようというわけではないが、こんな話はどうだろう。仕事を求めていたら条件のいい口があって、現場で働いていると毛穴から血が滲み出して仲間が次々と倒れてゆき、気がついたら自分も・・・という話は。
少しばかりの不幸を解消する代わりに、先々もっと大きな不幸を背負いこむ愚をまたぞろ演じるつもりだろうか。その場の幸福に目がくらみ、その代償としてお国に命を捧げることになったとして、その約束を反古にできるのだろうか。いや、そうなったらそうなったで「運命だ」と流されてゆくのも日本人らしい。何事も深く追求しない。それで万事丸く収まるというのが日本人の“和”のこころなのだ。

もう一度言おう。
メフィストの甘言に惑わされるな。
選挙は未来との契約なのだ。
決して悪魔に命を引き渡すような契約をしてはならない!!!
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